安堂ミキオ:イラスト
時計の賢人たちの原点となった最初の時計、そして彼らが最後に手に入れたいと願う時計、いわゆる「上がり時計」とは一体何だろうか? 本連載では、時計業界におけるキーパーソンに取材を行い、その答えから彼らの時計人生や哲学を垣間見ていこうというものである。今回話を聞いたのは、群馬県高崎市と宮城県仙台市に時計店を展開する「HF-AGE」(エイチエフ エイジ)の金原美智代氏だ。金原氏が挙げた原点時計はブライトリング「ナビタイマー 92」、「上がり時計」はパテック フィリップ「ワールドタイム」である。その言葉を聞いてみよう。
今回取材した時計の賢人
金原 美智代 氏
株式会社エイジインターナショナル/ゼネラルマネージャー兼部長
埼玉県本庄市生まれ。一般企業での事務職を経て、1990年に株式会社エイジインターナショナルへ入社、高崎店に配属される。2000年より現職。1992年より2019年まで毎年バーゼルワールドへ通う中でも、電話回線でインターネット接続していたネット初期の時代より現地での感覚を顧客と共有するための「バーゼルワールド現地レポート」を同業他社に先駆けて実施したことは、金原氏の大きな実績である。現在は仙台店に軸足を置き、人材育成に注力する。
原点時計はブライトリング「ナビタイマー 92」
Q. 最初に手にした腕時計について教えてください。 A. 私はHF-AGEに勤めるまで腕時計とはほぼ無縁でいました。ですが、お店の歩みとともに腕時計の世界へどっぷりと浸かっていくことになります。当店はもともと輸入食器の販売を中心としていて、入社する前の私は常連という立場でした。縁があって入社することになった当時、主要取引先のひとつの大沢商会さんが腕時計の取り扱いを広げている最中でした。その流れに従った当店は、ブライトリングとの出合いで大きく変化していきます。私が初めて展示会へ行くときに、当社の亡くなった先代から「大沢商会の展示会へ行くのなら、朝一で出掛け、ブライトリングというブランドの時計が並んでいたら全部仕入れてほしい」と言われたことは今でも強烈に覚えています。全部と言っても、ブライトリングが日本に入ってまだ間もない頃ですから、5本程度のことでしたが。ブライトリングの本格始動にともなってプレゼンテーションなども多く実施され、私はそこで腕時計の作り方から良し悪しの見分け方までみっちりと学ばせてもらいました。ブライトリングは私の時計人生のスイッチを入れてくれたブランドです。時代の流れを受けて、やがてお店の取り扱い商品はほぼ腕時計となり、私自身も腕時計の世界に深く魅了されていきました。
そんな私を見て、先代は自分自身ではなくまだ入社2年目である新人の私をバーゼルワールド(当時はバーゼル・フェア)へ行かせてくれました。日本から女性ひとりが送り込まれたお店は他になく、目立ったのだと思います。現地では取引先など多くの方が心配し、気に留めてくださいました。「ナビタイマー 92」は、そんな忘れがたいスイス・デビューの時に購入した腕時計です。これを見ると、その時にお世話になった方々のことを思い出します。
《 金原美智代氏の原点時計は、自動巻きクロノグラフのブライトリング「ナビタイマー 92」。ブルーダイアルにゴールドカラーのベゼルを備えたモデル。従来よりケースサイズが小型化した直径38mmで登場し、バーゼル・フェア(当時)でこれを見た金原氏は「私のための腕時計だ」と購入を即決したという。 》
「上がり」時計はパテック フィリップ「ワールドタイム」
Q. いつしか手にしたいと願う憧れの時計、いわゆる「上がり時計」について教えてください。 A. パテック フィリップの「ワールドタイム」です。2000年のバーゼル・フェア(当時)で見付けた時に強烈にひとめぼれしました。ホームタイムとローカルタイムの切り替えはプッシュボタンを押すだけというシンプルさが魅力で、これを叶えている技術力の高さに憧れ、いつか必ず手に入れたいと思い続けてきました。
「上がり時計」の趣旨と外れてしまうかもしれませんが、実はこれはすでに手に入れた1本です。その上でまだこれ以上の時計に出合っていないので、上がりとして選びました。購入したのは、生産終了になることを知った2006年です。「いつかきっと」と心に決めていたその日が突然訪れることになり戸惑いましたが、ここで手に入れなければずっと後悔するだろうから「えいや!」と思い切りました。これを見るたびに仕事を頑張ろうという気持ちになりますし、この時計を持っているということがものすごく自分の自信になって、力を与えてくれています。
《 2000年に発表されたパテック フィリップ「ワールドタイム」。金原氏が所有するのは、18Kホワイトゴールドケースに白色の世界24都市の都市リングを備えたRef.5110G-001。文字盤中央部にはギヨシェ装飾が施されている。 》
あとがき
仙台駅前のにぎやかな繁華街を抜けると、頭上高く枝葉を広げるケヤキ並木の目抜き通り、定禅寺通りへと出た。穏やかな木漏れ日の当たるこの一角に店を構えるのが、HF-AGE仙台店だ。ここ仙台店は、本店である高崎店が開店した15年後の2001年にオープンし、ブライトリング、パネライなど7ブランドをはじめ、現在は東北唯一となるパテック フィリップを取り扱う。到着後、ガラス張りの入り口に立つと、正面に大きく設けられたブライトリングのコーナーの奥で、来店した若いカップルと金原氏が和やかに談笑する姿が見えた。その手首には、2020年に発表されたルーローブレスレット仕様の「クロノマット B01 42」の白文字盤モデルがエレガントに装着されている。腕時計初心者の立場から業界に飛び込み、気に入った大ぶりなメンズウォッチも着けこなす術を得た金原氏からは、腕時計の知識量や男女の隔てなく、誰でも分かりやすいアドバイスを受けられるだろう。金原氏の幅広い顧客層にも納得である。
「HF-AGE」公式サイト
http://www.hf-age.com
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