膨大なアーカイブの中からオーデマ ピゲのDNAを丹念に抽出・再検証して次世代機を構築するというコンセプトから誕生した「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」。ローンチイヤーとなった2019年時点のラインナップですでに、コンプリケーションのプラットフォームとしての資質の片鱗を見せ始めていたが、2020年はそれが大きく飛躍を遂げた。記号(コード)化されたオーデマ ピゲのDNAは一度「CODE 11.59」に集約され、そこを起点に多様なコレクションへと拡散を始めたのだ。

星武志:写真 鈴木裕之:取材・文 Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas), Text by Hiroyuki Suzuki 2020年12月発売の1月号掲載 掲載価格は2020年12月3日現在のものです。
新たなハブステーションとして進化を遂げるCODE 11.59最新事情
2019年に発表された「CODE 11.59バイ オーデマ ピゲ」(以下CODE 11.59)は、オーデマ ピゲが久しぶりに手掛けたニューコレクションという枠に留まらず、2010年代を通して停滞し切っていたウォッチデザインの世界に差し込んだ、一筋の光明となった。このニューアイコンの原石が、ドラスティックな変化に決して寛容ではないはずの機械式時計愛好家にまで、瞬く間に受け入れられたという事実は、2010年代最後の年に起こった事件のひとつとなった。2シーズン目を迎えて間もなくCOVID-19が世界市場を襲い、高級時計の世界でも〝ニューノーマル〞が見直されつつある中、CODE 11.59は堅調なセルアウトを記録し続けているという。ひょっとしたら、我々専門誌のジャーナリストが思う以上に、CODE 11.59という稀有なるプロダクトは、新しいベーシックウォッチとして、すでに市場認知されているのかもしれない。


CODE 11.59をハブステーションとして拡散した技術の筆頭は、言うまでもなく新基幹ムーブメントだ。3針自動巻きの「キャリバー4302」は、19年の時点でCODE 11.59とロイヤル オークに同時に搭載されている。両者はローターのデザインが異なるが、メカニズムとしては完全に同一だ。一方、クロノグラフの「キャリバー4401」は、まずCODE 11.59に搭載され、その後にバリエーションモデルが生み出された。「リマスター01オーデマ ピゲ クロノグラフ」に搭載された「キャリバー4409」がそれで、こちらはローターデザインの他に日付表示がオミットされたため、キャリバーナンバーも変更されている。興味深いのはCODE 11.59とリマスター01では、時計自体のデザインアプローチがまったく異なっていることだ。両者はともに、過去のアーカイブからDNAを抽出し、再検証を加えて、現代の腕時計に仕立て直すという手順を踏んでいるのだが、CODE 11.59がオーデマ ピゲの遺伝子を受け継ぐ正統な次世代機であるのに対し、リマスター01はディテールをそのまま踏襲しながら、現代的なプロポーションへと手直しされている。オーデマピゲが後者のデザインを〝リマスタリング〞と呼ぶ所以だ。

新技術が初めて導入されるハブステーションとしてのCODE 11.59。その点を強く印象付けたプロダクトが、20年9月に発表された「CODE 11.59バイ オーデマ ピゲ フライング トゥールビヨン クロノグラフ」だった。既存のキャリバー4401とはまったく異なる血統から生まれた「キャリバー2952」は、独創的な積算輪列を持つトゥールビヨン クロノグラフ。目指したものは徹底したシンメトリーだ。12時位置に香箱を置き、2番車がセンター、6時位置にトゥールビヨンキャリッジという基本輪列は定石に沿った設計だ。しかし、この上に重ねられる積算輪列はまさに〝型破り〞。積算計のスタート/ストップを制御するコラムホイールをキャリッジ同軸となる6時位置に配しているのだ。通常の設計ならば、とんでもない厚さになってしまうはずだが、キャリッジのフライング化で厚さをギリギリまで抑制している。そもそもキャリッジ自体の厚さが増えると、姿勢差誤差を悪化させるというデータもあるから、ある意味でこれは〝論理的な型破り〞だ。

薄型キャリッジの技術が先にあって、そこに破天荒な積算輪列の設計を重ねたのだとしたら、なかなかオーデマ ピゲのコンプリケーション開発チームも肝が据わっている。実際の設計を担ったのはオーデマ ピゲ ル・ロックルだが、本社ル・ブラッシュでチームを指揮するのが、かつてはミュゼのヒストリアンの任にあったマイケル・フリードマンなのだから、愛好家としてはニヤリとするしかない。その破天荒なプロジェクトから生み出されたものが、12時位置を起点に左右両翼へ広がるリセット&フライバックのハンマーである。完璧な審美性が追求されたニューコンプリケーションを搭載するプラットフォームとして、CODE 11.59が選ばれたというだけでも、ロイヤル オーク コンセプトからの世代交代を感じさせる。まさにこの原稿を書いている11月には、ローンチコレクション(19年)の1本でもあった「CODE 11.59バイ オーデマ ピゲ フライング トゥールビヨン」に先行搭載されていた「キャリバー2950」が、ロイヤル オークにも搭載されることが発表された。CODE 11.59をハブとした新技術の拡散はさらに増えるだろう。

2020年シーズンのCODE 11.59で最も印象的だったのは、バイカラーケースとカラードダイアルの導入だ。同社にとっては最後の出展となった19年のSIHH(現W&W)時点で明言されていた「ややおとなしめの印象を与えたファーストコレクションに対し、セカンド以降では遊び心を足す」というリーク情報が、実際にカタチとなったのである。ポイントとなるのは半透明ラッカーによる美しいグラデーションだ。まず下地となるダイアルベースにサンバースト模様のサテナージュを施し、シルバーメッキをかける。その上から半透明のダイアル色を塗り重ね、外周にグラデーションペイントを施す。上塗りとなるザポン(透明ラッカー)も相当な厚みを持っており、しかも丹念に磨き出されている。工程としてはオーソドックスだが、各色の深みと発色の素晴らしさは群を抜く。さらにグラデーションペイントを施さないグレーでは、下地のサンバーストを強めにして光輝感を強く出したり、クロノグラフではインダイアル内のツヤ感を抑えて判読性を高めたりと、カラーごとの微調整にも余念がない。加えてこのダイアルは、光源によっても微妙に印象を変える。例えば、蛍光灯などの光源下で見るスモークパープルは、一見ブラックのようにも感じるが、太陽光のような強い光源下で見ると発色の鮮やかさが際立ってくる。当然、ダイアルを見る角度によっても印象が変わってくるが、CODE 11.59の場合は、裏表で曲率を変えた独特なサファイア風防がさらに個性を強めてくれる。現在オーデマ ピゲは、ジュネーブに自社のダイアル工房を構えおり、その品質をコントロールするマネジメントの能力は、間違いなくトップクラスと言ってよい。さらに面白いことに、スモークブルーはロイヤル オーク コンセプトの新作にも〝逆輸入〞されているのだ。CODE 11.59をハブとした各プロダクトの進化=深化は、今後さらに大きなものとなりそうだ。

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