スイスの時計作りは、興味深い逸話や魅力的な登場人物に満ちており、何世紀にもわたって語り続けられてきたものは耳を傾けるに値する。そのため、時計作りの歴史について語られたドキュメンタリーに欠落があることは、その事実を知りたい人々にとって常にフラストレーションを生んできた。既存の動画は事実を述べるというよりマーケティング寄りすぎるか、一般的な時計愛好家が見ることのできない状況にあるのだ。
このような中で、2019年に近代のダイバーズウォッチについて取り上げたドキュメンタリー映画が世界プレミアとして上映された。ブランパンと連携して監督・脚本を手掛けたジェフリー・キングストンによる『Fifty Fathoms The History as told by the pioneer who created it(フィフティ ファゾムスと、それを作り上げたパイオニアたちが語った歴史)』だ。多くのダイバーの命を守った世界最初のタイムピース、フィフティ ファゾムスの起源についてさまざまなストーリーが語られている。今回はこの映画の誕生経緯をたどってみよう。
Originally published on watchtime.com Text by Logan R. Baker
《 1953年製にリリースされたフィフティ ファゾムスのファーストモデル。自動巻き。17石。SS(直径42mm)。約100m防水。参考商品。 》
映画制作の発案は元ブランパンCEOのジャン-ジャック・フィスター
《 『Fifty Fathoms The History as told by the pioneer who created it(フィフティ ファゾムスと、それを作り上げたパイオニアたちが語った歴史)』の冒頭シーン。 》
ブランパン内で映画制作の話が始まったのは2017年のことだ。内容の決定は、元ブランパンCEOのジャン-ジャック・フィスターが、ブランパンの歴史家として知られ、ブランパンと密接な関係を築いていたジェフリー・キングストンに話を持ちかけたことに端を発する。
《 1950年にブランパンのCEOとなった、ジャン-ジャック・フィスター。かつて彼自身がダイビングに熱中していた。当時、潜水時間を忘れて遭難しかけた経験があり、深海でも時間の読み取れるダイバーズウォッチを作ろうという考えに至った。 》
「制作の提案を受けた際、私は少し考え、事実を正しく伝えるドキュメンタリーにすべきだと提案しました」とキングストンは語る。「現CEOのマーク A・ハイエックの前に座って、私のアイデアが何であるかを説明しました」。
《 ブランパンの歴史家であるジェフリー・キングストン。 》
映画の内容は、各地のブティックマネージャーが語るべきような要素が再度繰り返されているものであり、フィフティ ファゾムスに精通している者にとっても、時間を無駄にするようなものではない。実際にキングストンはフィフティ ファゾムスを着用した者たちから物語を引き出している。映画の前半では、フィフティ ファゾムス開発を進めたフィスターと、開発に参画したフランス海軍のダイバー、ボブ・マルビエ大尉のふたりが、多くのインタビューに答える様子が見られる(2015年に91歳でこの世を去ったマルビエの足跡は、2012年頃に行われたパリのブティックイベントで収録されている)。
《 1950年代後半製のフィフティ ファゾムス。アメリカ海軍に納入された「ミルスペック1」モデル。自動巻き。直径41mm参考商品。 》
映画の構成は2部に分かれており、前半は時計の起源と初期成長に焦点が当てられ、後半は21世紀に入ってからのスウォッチ グループ傘下におけるフィフティ ファゾムス復活について語られる。現在ではダイバーズウォッチの構成要素は確立されている状況だが、1950年代、スキューバダイビングの初期のころは、規制やガイドラインは存在しなかった。ブランパンのCEOであり、水中活動の初期の支持者でもあったフィスターは、フランスの海岸でダイビングを行っているときに経過時間が分からなくなったことによって酸素残量がなくなり、減圧のための停止を行わぬまま急速に海面へ浮上しなければならない状況に陥ったため、自身を潜水病の危機にさらしたことがあった。
《 2018年のジャン-ジャック・フィスター。 》
ジャン-ジャック・フィスター自身のダイビング経験が誕生のきっかけとなったフィフティ ファゾムス
フィスターはこの経験から、ダイバーにとってはマスク、フィン、酸素ボンベの他に、一目で潜水時間が把握できる時間計測機器が必要だという認識を持った。フィスターは後にフィフティ ファゾムスの前身とも言える防水時計の研究に着手し、時計の防水性能を確保するために二重Oリングを備えるダブルシールのリュウズを採用した。また誤作動防止のロック機能付き回転ベゼルを開発して特許を取得している。当時は水中ではクロノグラフの駆動は不可能とされた時代だった。これによりダイバーは水中での経過時間を測ることが可能となった。
《 フィフティ ファゾムスの特許資料。二重Oリングを備えるダブルシールのリュウズ部分が示されている。 》
フィフティ ファゾムスが開発段階にあったころ、フランスの諜報部員で特殊作戦執行部(またの名を、チャーチルの非紳士的戦争部)として活躍していたマルビエは、隊員たちが水面下で諜報活動を効果的に行うために、防水性能のある時計を必要としていた。いくつもの時計がテストされたが、結果は思わしくなかった(マルビエはこの過程について、部下のひとりが「隊長、隊長、私の時計は防水ではありません。中にハタの稚魚がいます!」と報告してきたとユーモアを含んで述懐している)。そしてダイビング装備の製造業者スピロテクニック(後のアクア・ラング社)が、マルビエをフィスターとブランパンに紹介するに至ったのだ。
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